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大阪地方裁判所 昭和29年(行)43号 判決

原告 石井弘

被告 布施税務署長

主文

被告が原告に対して為した昭和二十六年分所得税に関する過少申告加算税処分は無効であることを確認する。

被告が原告に対して為した同年分所得税更正処分の無効確認を求める原告の請求を棄却する。

被告が原告に対して為した右更正処分の取消を求める原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告が原告に対して為した昭和二十六年分所得税更正処分並びに過少申告加算税課税処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めその請求の原因として、原告は昭和二十九年五月十日まで布施市稲田六百四十五番地において紡績機械下請製造を業としていたものであるところ、被告は原告が昭和二十六年分所得税確定申告並びに修正確定申告を為したものとして営業所得を金二百十六万四百円、課税総所得金額を金二百三十八万八千四百円、之に対する税額を金百十六万六百二十円と更正し且つ過少申告加算税金五万三千五百五十円を課税し、昭和二十九年五月二十四日付通知書を以てその旨原告に通知して来た。然しながら原告は同年分所得税に関しては営業所得を金三十七万円、課税総所得金額を金二十九万八千円、之に対する税額を金八万九千四百八十円とする予定申告を為したのみで確定申告については被告と再三折衝の上被告からいずれ通知するからそのときの様子によつて申告すればよいとの了解を得たので申告を為さないでいたところ、被告はその後二年数ケ月を経て何等の通知も為すことなく突然前記の如き更正処分を為したのであるから被告の右更正処分は行政法上要求せられる信義誠実の原則を甚しく無視するものであつて無効である。又本訴の如く予定申告のみが存在し確定申告乃至は修正確定申告が存しない場合には予定申告に対する仮更正処分又は確定申告を為さないことに基ずく決定処分が許されるのみで確定申告の存在を前提とする更正処分は許されないにも拘らず被告は原告の右予定申告を修正確定申告とみなして更正処分を為したのであつて被告の為した右更正処分は手続上重大な瑕疵があり而もその瑕疵は明白である。従つてこの点からしても被告の為した右更正処分は無効たるを免れない。更に又原告はその長男石井良弘が昭和二十七年十二月二十五日訴外重見健一から大阪市天王寺区細工谷町二十五番地の一の宅地及び同地上の家屋を金六十万円で買入れた際その代金を立替払したところ被告は右金員が原告の昭和二十六年分営業所得中から良弘に増与されたものと推認した上前記更正処分を為すに当つて右金六十万円を原告の同年分営業所得として認定したのであるが右金員は原告の多年に亘る蓄積財産であつて同年分の営業所得ではない。されば被告の右更正処分は原告の所得金額の認定を著しく誤つたものであるからその効なきものと謂わなければならない。次に被告が原告に対して課した前記過少申告加算税は確定申告乃至は修正確定申告及び之に対する更正処分の存在を前提として課せられるべきものであるところ原告が確定申告及び修正確定申告を為していないことは前記の通りであり、而も被告の為した前記更正処分は無効なのであるから被告の為した前記過少申告加算税課税処分はその前提要件を欠くものでその瑕疵は重大且つ明白と謂うべく従つて該課税処分も亦無効たるを免れない。おつて原告は被告の為した前記更正処分並びに過少申告加算税課税処分が無効であることの確認を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の答弁に対し、本件更正通知書における被告主張の記載事項のうち(修正)の文字は被告が抹消するのを忘れたものであることは認めるが、表示行為として行政機関の内部的意思決定と相違する書面が作成された場合においても右表示行為が正当の権限ある者によつて為された以上該書面に表示されている通りの行政行為があつたと認むべきであるから本件各処分は被告の内心的効果意思の如何に拘らず原告の修正確定申告が為されたものとしての更正処分並びに過少申告加算税課税処分とみる外はなく、又行政処分の無効確認を求める訴は処分が当然無効でない場合にはその処分の取消を求める請求をも包含しているものと解すべきであるから仮に原告主張の前記事由が本件各処分の無効原因とはならず単に取消原因たるに過ぎないものとしてもそれだけで本訴全部が棄却されるべきでなく更に取消の判決が為されて然るべきであると述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中原告がその主張の頃まで布施市稲田六百四十五番地において紡績機械下請製造業を営んでいたこと、昭和二十六年分所得税に関し原告がその主張の如き予定申告を為したのみで確定申告及び修正確定申告を為さなかつたこと及び被告が原告の確定申告がないことに基ずく決定処分並びに無申告加算税課税処分を為すべきを誤つて原告主張の如き更正処分並びに過少申告加算税課税処分を為し昭和二十九年五月二十四日付通知書を以てその旨原告に通知したことは之を認める。然しながら被告は原告の右予定申告を修正確定申告とみなして右各処分を為したのではなく右予定申告を確定申告とみなして右各処分を為したものである。成程右通知書に不動文字で「あなたの昭和二十六年分所得税(修正)確定申告について調査の結果つぎの通り更正しましたから御通知します」との一項があるが右通知書の用紙は修正確定申告書を提出した者に対する更正通知書にも兼用するため(修正)確定申告なる文字を印刷しているのであつて原告に対しては右通知書を発送する際し(修正)の文字を抹消すべきであつたところ之を忘れたものである。而して原告が確定申告をしなかつたことについては原告主張の如き事由は存しないから被告の前記更正処分が信義誠実の原則に反するとは謂えないし、又被告は納税義務者から確定申告書、修正確定申告書等の提出があつた場合においてその申告書に記載された所得金額等が被告の調査したところと異なるときはそれらの額を更正することができるし、確定申告書を提出する義務ある者がその申告書を提出しなかつた場合には被告自ら調査の上所得金額等を決定することもできるのであつてこの更正と決定は課税処分たることに変りはなく、唯その違いは更正の場合には申告に係る所得金額に誤りがあり且つその誤りがあつたことについて正当の事由がないと認められるときに更正によつて増加した所得税額に百分の五を乗じて算出した金額相当の過少申告加算税を徴収されるに過ぎないのに対し決定の場合には確定申告書の提出がなかつたことについて正当の理由がないと認められたとき確定申告書の提出期限の翌日以降右決定の通知の日まで期間に応じその決定を受けた所得税額にそれぞれ百分の十、百分の十五、百分の二十、百分の二十五を乗じて算出した金額相当の無申告加算税を徴収される上に課税総所得金額の計算についても扶養控除、生命保険料、社会保険料等の控除が為されない点にある。従つて更正を為すべき場合に誤つて決定をされると納税義務者は不利益を蒙るわけであるが本件の如く決定を為すべき場合に誤つて更正を為した場合は納税義務者は何等の不利益を蒙らないのみか却つて利益な取扱を受けることになるのであるから(本件の場合原告が確定申告を為さなかつたことに付正当の事由は認められないから決定処分があれば原告は無申告加算税を徴収されること明かである)本件更正処分における手続上の瑕疵も未だ重大な瑕疵とは謂い難い。更に又被告は本件更正処分を為すに当り原告主張の不動産買得資金を原告の昭和二十六年分所得として認定したものではない。この点に関する原告主張の事実は原告の主張によれば昭和二十七年の出来事であるから被告が右不動産買得資金を昭和二十六年分の原告の所得として認定する筈がない。被告は実地調査、探聞調査等あらゆる手段を尽した結果原告主張の不動産買得資金の有無に拘らず原告には本件更正処分における更正金額相当の所得があつたことが判明したため原告主張の如き所得額を認定したのであるから本件更正処分には原告主張の如き瑕疵は存しない。仮に原告主張の如き瑕疵があるとしてもその瑕疵は単に所得金額の認定の誤りに過ぎずそれは事実関係を精査して始めて判明することであるから未だ明白な瑕疵とは謂えない。さればいずれの点からするも本件更正処分は無効とは謂えないから之に附帯して為された本件過少申告加算税課税処分も亦有効と謂わざるを得ないと述べ、原告の再抗弁に対し本訴が本件各処分の取消請求をも含んでいるとしても原告は訴願前置の手続を経ていないのであるから該請求は不適法たること明かで却下を免れないと述べた。(立証省略)

理由

原告がその主張の日まで布施市稲田六百四十五番地において紡績機械下請製造を業としていたこと、昭和二十六年分所得税に関しその主張の予定申告を為したのみで確定申告及び修正確定申告を為さなかつたこと及び被告が原告の右予定申告に基ずいて本件更正処分並びに過少申告加算税課税処分を為し、原告主張の通知書を以て原告に通知したことはいずれも当事者間に争がない。

被告は原告主張の通知書には「あなたの昭和二十六年分所得税(修正)確定申告について調査の結果つぎの通り更正しましたから御通知します」との記載があるところ該記載のうち(修正)の文字は被告において抹消するのを忘れたもので被告は修正確定申告が為されたものとして本件各処分を為したものではない旨主張し、被告が右(修正)の文字を消し忘れたものであることは原告も認めるところであるが、行政行為の表示に誤記がある場合にもその誤記なることが外部の事情により認識し得られない限り行政行為はその表示せられたところに従い判断せられるべきものと解すべきところ本件において成立に争のない甲第三号証(右通知書)自体からは該通知書中の(修正)の文字が被告において抹消するのを忘れたものであることは之を認識し得ないから本件各処分は被告の内心的効果意思の如何に拘らず該通知書に表示された通りの即ち原告の確定申告及び修正確定申告が為されたものとしての更正処分並びに過少申告加算税課税処分と認めるの外はない。そこで本件更正処分が無効であるとの原告の主張に付判断しよう。

原告は被告の了解を得たため昭和二十六年分所得税に関し確定申告を為さずにいたところ被告は昭和二十九年五月に至り何等の通知もせずに突然本件更正処分を為したから該処分は信義誠実の原則に著しく反し無効である旨主張するが、原告が確定申告を為さずにいたことについて被告の了解があつたことは之を認めるに足る何等の証拠もないから原告の右主張は理由がない。

次に原告は本件更正処分は原告の確定申告及び修正確定申告がないにも拘らず之あるもとして為されたものでその瑕疵は明白且つ重大であるから該処分は無効である旨主張するので検討するに、およそ行効処分が無効となるがためには行政処分に内在する瑕疵が重大な法規違反であると共にその瑕疵が客観的に明白であることを要し然らざる場合にはその瑕疵は単に行政処分の取消事由たるに止まるものと解すべく、而してその瑕疵が重大な法規違反であるか否かは具体的に法規の意義目的作用等から目的論的に決するの外はないところ、本件について之をみるに本件更正処分が原告の確定申告及び修正確定申告なきに拘らず為されたものであることは当事者間に争がなくそしてかゝる場合には決定処分を為すべきで更正処分を為すべきでないことは所得税法の法規に照らして明白であるから本件更正処分には違法な瑕疵が内在し而もその瑕疵は客観的に明白であると謂える。そこで右瑕疵が重大な法規違反なりや否や、の点に判断を進めよう。およそ所得税を賦課するにはその前提として課税標準額が具体的に確定せられることを要するところこの課税標準額の確定については所得税法は納税義務者の申告(確定申告乃至修正確定申告)がある場合之等の申告に係る額と税務官庁の調査の結果が異なるときは課税権者たる税務官庁において申告に係る額を更正し得る(所謂更正処分)こととし、之等の申告がない場合には税務官庁が調査の上課税標準額を決定する(所謂決定処分)ことゝしているが、納税義務者の確定申告乃至修正確定申告は無条件に課税標準額を確定するものではなく申告に係る額が正当でない場合には税務官庁の更正処分によつて始めて課税標準額は確定せられるものと解すべきであるから更正処分と雖も結局課税標準額を確定する処分に外ならない。従つて更正処分も決定処分も課税標準額を確定する処分たることには変りはないものと謂うべく而もいずれもの場合にも課税標準額は税務官庁の調査の結果に基ずいて確定せられるものであること所得税法上明かであるから課税標準額の確定そのものについては納税義務者の確定申告乃至修正確定申告は本質的な要素ではない。尤も所得税法によれば更正処分の場合は課税標準額の決定に際し扶養控除及び生命保険料、社会保険料等の控除が為されるのに対し決定処分の場合には之等の控除が為されない点で両者は相違しているが、決定処分の場合に之等の控除が為されないのは納税義務者の申告義務違反に対する制裁的目的からに過ぎないのであつて更正処分を為すべき場合に決定処分を為した場合は兎も角本件の如く決定処分を為すべき場合に更正処分を為した場合には納税義務者は単に課せられるべき制裁を免れたに過ぎずその瑕疵は未だ重大な法規違反とは謂えないから本件更正処分は前記瑕疵の故に無効となるものではない。

更に原告は本件更正処分は原告の昭和二十六年分所得金額の認定を著しく誤つた瑕疵があるから無効である旨主張するが、原告主張の如き瑕疵は事実関係を精査して始めて判明する性質の瑕疵であつて未だ客観的に明白な瑕疵とは謂い難いから本件更正処分に原告主張の如き瑕疵が存したとしてもその瑕疵は本件更正処分を無効ならしめるものではない。

以上いずれの点からするも本件更正処分は無効とは謂えないがおよそ行政処分の無効確認を求める訴には特段の意思表示なき限り処分が無効でない場合にはその取消を求める請求をも包含しているものと解すべきであるところ本件において原告が本件更正処分が無効でない場合にその取消をも求める意思を有することは原告の主張自体から之を認め得るから本件は更に行政処分の取消訴訟として判断しなければならないことになる。よつて按ずるに本件の如き更正処分に対する取消の訴を提起するには所得税法に基ずき再調査及び審査の手続を経る必要があるところ原告がこの手続を経由したことは之を認むべき証拠はなく又この手続を経ないことについての正当の事由も認められないから本件更正処分の取消を求める原告の請求は訴訟要件を欠き不適法と謂わなければならない。

なお、原告は本件過少申告加算税課税処分の無効をも主張するので判断を加えよう。所得税法によれば過少申告加算税は所得税に関する確定申告乃至修正確定申告があり而もその申告に誤があつた場合に賦課せられるものであること明かであるから本件の如く之等の申告がない場合に過少申告加算税を賦課することは違法たるを免れず且つその違法は客観的に明白であると謂わなければならない。而もこの過少申告加算税は誤ある申告を為したことに対する行政罰と解すべきであるから本件の如くもともと課せられるべきでない行政罰を課せられた場合にはその違法は重大な法規違反と謂わざるを得ない。尤も所得税法によれば本件の如く確定申告書の提出がない場合に該申告書の提出なきことに付正当の事由がないときは無申告加算税が賦課されることになつており而もこの無申告加算税は過少申告加算税よりも重い行政罰であるから若し原告が確定申告書を提出しなかつたことに付正当の事由がない限り原告は本件過少申告加算税を賦課されたことにより重い無申告加算税の賦課を免れ却つて利益な取扱を受けたことになるが確定申告書の提出がないことに付正当の事由があるか否かは本来課税権者たる税務官庁において認定すべきことであるから原告が必ず無申告加算税を賦課せらるべき者に該当することを前提として本件過少申告加算税課税処分の有効無効を判断することはできない。然らば本件過少申告加算税課税処分は無効と断ぜざるを得ない。(なお過少申告加算税課税処分は更正処分に附帯して課せられる処分ではあるが更正処分そのものではなく別個の行政処分であること所得税法上明かであるから両者のうち過少申告加算税課税処分のみを無効と解することは可能である)されば爾余の判断を俟つまでもなく原告の本訴請求中本件過少申告加算税課税処分の無効確認を求める部分は正当であるから之を認容し、本件更正処分の無効確認を求める請求は失当として之を棄却すべく、本件更正処分の取消を求める請求は不適法として之を却下することゝし、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 松浦豊久 角敬)

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